医療情報連携ネットワークにおける
費用便益分析

 

費用便益分析とは?

費用(Cost)と便益(Benefit)を数値化して比べる手法

一般的に費用便益分析(Cost Benefit Analysis)は、新規事業を行う際に事業全体の投資効率を評価するために行います。
事業によって発生する便益の大きさと費用の大きさから、その政策を行うか行わないか、または、複数あるうちのどの政策を行うべきか、または、現在実行中の事業を継続するべきか中止するべきかを判断する、意思決定のための分析です。費用便益分析で扱う便益には、経済的利益の他に、その事業によって得られる利便性や、短縮される時間の価値なども含まれます。そういった非金銭的な価値は、貨幣価値に置き換えることで、定量的に扱うことができるようになり、便益全体と費用全体の大きさを、まとめて比較することが可能になります。

日本で費用便益分析が多く行われている分野は、鉄道事業や、道路整備事業、環境整備事業などです。事業が行われることで、安全性が向上したり、環境が保全されたりするような価値が貨幣価値に置き換えられ、事業にかかる金銭的な費用便益と統合的に判断して、事業採択・不採択の判断や、中止・継続の判断がなされてきました。

費用便益分析に用いられる、事業の効果・影響の一例として、鉄道事業を見てみます。新しい路線と駅が整備される事業の場合、まず、利用者への影響として、所要時間の短縮や運賃の提言、乗り換え回数の減少等が扱われます。次に、供給者への影響としては、利用者数が増加することによる、経営安定化等があげられます。周辺住民や地域等の社会への影響としては、より多くの住民が拠点地区にアクセスできるようになることや、周辺地域住民の利便性が増すこと、交通の利便性が増したことで地域の売り上げが増す、等といった項目が扱われており、それぞれ貨幣価値に統一されて、費用便益分析に用いられています。

医療情報連携ネットワークにおける費用と便益

医療情報連携ネットワーク(地域医療情報ネットワーク)においては、カルテの電子化など情報化を進めるために多くの予算が投入されてきましたが、実際の現場ではシステムを導入しても数年後には使用されなくなるなどの現象が各地で生じています。

その背景には、医療情報連携ネットワーク事業によって発生する、費用と便益の間に不均衡が生じていることにあります。
図のように、会議や作業のコストは直接的な金銭として支出があるわけではありませんが、見えない費用(非金銭的費用)となって現場の医療機関や医療従事者に負担が生じているのです。

そもそも医療情報連携ネットワークは、患者の電子カルテ情報を地域の医療機関の間で共有することで、医師が初診患者のカルテを新しく作成する手間が削減されるといったメリットが予想されました。しかし、現在の医療情報連携ネットワークは、患者の参加率が低く、多くの医師にとって利用するメリットがありません。それにも関わらず、医療機関は、ネットワークの利用料や、PC環境等を整えたりする費用等に加えて、オンラインの情報交換と紙によるオフラインの情報交換のどちらも行わなければならない場合には、業務の手間といった費用を多く支払っている場合があります。
このように、医療情報連携ネットワーク事業では、費用>便益の状態が続いているとすると、この事業を継続するためには、構築・運用コストを下げるとともに、導入技術によって医療従事者が享受する便益を向上させていく施策が求められます。

費用と便益の推計を応用して、できるようになること

一人当たりコスト分析

医療現場における費用と便益を推計するにあたって、費用の推計の他に、その事業のサービスを受ける人数の予測値も得られます。それらの項目を用いて、事業費用の総和を、その事業のサービスを受ける患者数でわることによって、「患者一人当たりに対するサービス提供コスト」を容易に算出することができます。これを行うことで、国内外における、類似事業との比較が可能となります。また、一人当たりコストが高い場合、どの程度のコスト削減、あるいは、サービス受給者の増加が必要かわかります。「一人当たりコスト分析」を行えば、事業主、あるいは国に対して、コスト管理のインセンティブを設けることが期待されます。

費用便益比の改善

医療の情報化政策においては、その事業全体の効果をみると、費用が便益を超過していることがわかります。しかし、これまでの評価においては、たくさんある費用や便益の項目のうち、どれが主な原因となって、費用>便益が常態化しているのかが、はっきりと示されてきませんでした。しかし、費用便益分析の中で、費用と便益の各項目を洗い出し、一つ一つの貨幣価値を推計していくことによって、どこに費用>便益となる原因があるのかを知ることができます。それによって、費用便益比の改善策を提案することが可能になります。

将来破綻可能性の予測モデルの構築(損益分岐点分析)

費用便益分析を行えば、事業実施にかかる初期投資や各年度の費用の総和を、事業開始から発生する便益の総和が上回るのが、何年目かを算出することができます。総費用が総便益をいつまでも上回らないような、事業の破綻が予測できる場合には、事前に事業の不採択を選ぶことや、既に開始されている事業の場合には、実際に破綻する前に事業の改善策を検討したり、中止の判断を行うことができるようになります。さらに、データの蓄積によって、費用と便益でみた場合には、どのような事業が破綻することになるのかをモデル化し、新規事業採択時に破綻の予測を行うことが可能になります。
また、事業によっては、実施年月がすでに決まっていたり、事業実施に必要な設備の耐用年数が決まっている場合があります。そのような場合、事業終了年度、または、設備の更改年度までに総便益が総費用を上回らない、という推計が得られた場合、同様に、事業計画の見直しや、事業中止の判断を行うことが可能になります。

費用便益マニュアルの公開について

現在ワーキンググループでは、医療情報ネットワークの費用便益分析マニュアルを作成中です。費用便益マニュアルは、試作版がリリースされ次第、本HP上で公開します。

費用便益分析について論文化を進めています

医療情報ネットワークの費用便益分析に関する論文化を進めています。論文投稿情報は、本HP上でお知らせします。

研究代表

奥村 貴史

保健管理センター長
北見工業大学