シーズンが進むにつれて患者数推定の精度が向上していくようす

ポイント

感染症のパンデミックに際して、限りある検査をどのように実施していくのが効率的か、インフルエンザを例として明らかにした。

感染症の流行では、疑いがある患者全てに検査できるのが理想である。しかし、パンデミックにおいては、検査することができる数よりも遥かに多くの患者が発生する。限られたワクチンや治療薬を誰に配分するかという研究はあったものの、どのように検査をしていくのが効率的かという問題については、ほとんど研究が見られなかった。

「流行期の残り日数」「在庫の残数」「受診数の予測値」の各々を加味した配分を比較し、「受診数の予測値」を用いた配分が効率的であることを示した。

感染症の患者がどのように拡大し、また、終息していくかを説明するために用いられるSIRモデルを用いて患者の受診数を予測する簡単な数理モデルを構築した。患者数の予測を組み入れた配分がどの程度有効かを、「1週間で使用できる検査キットの上限を、在庫数の半分までとする」、「1週間で使用できる検査キットの上限を、(在庫数)÷(残りの週)とする)、「事前に全ての受診患者数が分かったうえでの配分」と比較した。その結果、患者数の予測に基づく戦略が、患者数の推定を伴わないその他の戦略よりも有効であることがわかった。

有効である意味は、「最適配分との誤差が小さい」「在庫がゼロになる事態を避け、シーズン終了時に余り過ぎることもない」の2点である。

このモデルにより、各週に受診する患者数の予測が可能になれば、この後、シーズン末までにどれだけの患者が受診することになるかを予測することも可能となる。これにより、シーズン途中に在庫を使い切ることなく利用できる各週の検査キット数が求められる。この数値は、週が進む毎に、それまでに受診した実際の患者数を用いて絶えず補正することにより、常に更新され、また、予測精度も上がっていく。

新型コロナウイルスの流行において生じているように、複数のピークが訪れる場合において、より現実的な状況に対応した分配戦略を提案することが課題の一つである。

SIRモデルは、「患者が現れ始め、患者数が増加し、シーズンのピークを迎え、やがて減少する」サイクルが一回だけ訪れる単純なモデルである。ウイルスの種類によっては、第2波、第3波と複数のピークが訪れる場合があり、SIRモデルを適応することができない。。今後、より現実的な状況に対応した分配戦略を提案することが課題の一つである。

概 要

この度、有限なインフルエンザ検査キットをどのように患者に分配するかという問題に対して、患者受診数モデルを用いた戦略が有用である点を示し、その成果がScientific Reports誌に掲載されました。本成果は、公衆衛生分野における取り組みが遅れていた、患者数が増大するなか限られた医療資源をいかに効率的に分配するかという問題に、工学的な手法で取り組んだ研究です。こうした取り組みを通じて、今後、新型コロナウイルスのパンデミック対応等がより効率的に、また、効果的なものへと発展していくことが期待されます。

研究の背景

感染症における資源配分の問題としては、従来、ワクチン接種や治療を用いた介入の効果を最大化する研究がありました。こうした研究では、患者総数や死者数を減らすためには、
どのような配分が望ましいかを研究します。一方、これらに影響を及ぼさない「検査」については、資源配分問題の対象とはなっていませんでした。しかし、2019年の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)では、その検査においてRT-PCR(逆転写ポリメラーゼ連鎖反応)という一般の医療施設では実施できない手技が要求され、検査そのものの資源制約が問題となってきました。このように検査資源の配分は重要な問題であるものの、実際にパンデミックが生じるまでは問題として顕在化することが乏しく、我々が調べた限り、先行研究は限られていました。
本研究では、検査の資源問題の一例として、単一の感染症・単一の地域における感染症において、検査キット数が患者数に対して大幅に少ない状況を想定しました。この場合、患者が受診するたびに検査を行うと、流行初期に検査キットの在庫がなくなり、流行ピーク時や後期に検査が行えなくなる状態が生じます。逆に、流行前期やピーク期に検査を制限しすぎると、流行後期に検査資源に余剰が生じ、必要な検査を効果的に行っていないことになってしまいます。このように、限られた検査キットを、流行シーズンにおいてどのように使っていけば良いかという問題も、取り組まれることがない問題でした。

研究の詳しい内容

この問題に答えるために、我々は、北見医師会が以前より集計していた地域の医療機関におけるインフルエンザの全患者数データを利用しました。このデータを用いることで、インフルエンザのシーズンにおける患者の受診数のパターンを明らかにすることが可能となります。そのために、感染症の患者がどのように拡大し、また、終息していくかを説明するために用いられるSIRモデルを用い、患者の受診数を予測する簡単な数理モデルを構築しました。
このモデルにより、各週に受診する患者数の予測が可能になれば、この後、シーズン末までにどれだけの患者が受診することになるかを予測することも可能となります。これにより、(検査キットの在庫数)÷(予想した患者数)によって、シーズン途中に在庫を使い切ることなく利用できる各週の検査キット数が求められます。この数値は、週が進む毎に、それまでに受診した実際の患者数を用いて絶えず補正することにより、常に更新され、また、予測精度も上がっていくことになります。
研究では、この患者数の予測を組み入れた配分がどの程度有効かを、他の方法と比較し評価しました。比較対象としては、「1週間で使用できる検査キットの上限を、在庫数の半分までとする」(戦略1)、「1週間で使用できる検査キットの上限を、(在庫数)÷(残りの週)とする」(戦略2)、「事前に全ての受診患者数が分かったうえでの配分」(最適配分)を用いました。そ
の結果、我々の提案した患者数の予測に基づく戦略が、患者数の推定を伴わないシンプルな戦略と比較して、以下の二つの意味で有効であることを示しました。
・ 最適配分との誤差が小さい
・ 在庫がゼロになる事態を避け、シーズン終了時に余り過ぎることもない

今後の課題

SIRモデルは、「患者が現れ始め、患者数が増加し、シーズンのピークを迎え、やがて減少する」というサイクルが一回だけ訪れるとする単純なモデルです。例年生じているインフルエンザの流行では、実際に、そのような一度の山だけの発生であることがほとんどです。しかし、新型コロナウイルスの流行において生じているように、ウイルスの種類によっては、第2波、第3波と複数のピークが訪れる場合があり、そのような感染症にSIRモデルを適応することはできません。今後、より現実的な状況に対応した分配戦略を提案することが課題の一つとなります。

発表雑誌

掲載誌 Scientific Reports
タイトル Strategies for the efficient use of diagnostic resource under constraints: a model-based study on overflow of patients and insufficient diagnostic kits
著者 土田 直司(北海道大学 医学部)
中村 文彦(北見工業大学 工学部 特任助教)
松田 一徳(北見工業大学 工学部 准教授)
才川 隆文(名古屋大学 大学院多元数理科学研究科 研究員 )
奥村 貴史(北見工業大学 教授・保健管理センター長)
URL https://www.nature.com/articles/s41598-020-77468-2
DOI https://doi.org/10.1038/s41598-020-77468-2
原稿公開日 2020 年 11月 27日(オンライン公開)

お問い合わせ先

研究内容について

北見工業大学 工学部 特任助教 中村文彦
E-mail: nfumihiko@mail.kitami-it.ac.jp

報道について

北見工業大学 総務課広報担当
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プレスリリース

北見工大における新型コロナ研究-検査資源配分-0520